山陰からキリスト教・キリスト教会を考える

 今回はコリントの信徒への手紙1 3章~4章をみます。


1)兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。
2)わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません。
3)相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。
4)ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。
5)アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。
6)わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。
7)ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。


 さて、キリスト教の信仰は一足飛びに深まるものではありません。
 また、教会に通うようになって、年数が経てばそれだけ信仰が深まるのかというと、パウロはそうだとは言いません。クリスチャンも教会も、共に成長するものであるというわけです。

 このコリントの教会の人たちの場合でいえば、アポロというカリスマ的な宣教者がやってきたことにより、コリントの教会は一変しました。それが良い方へ一変したというのであれば良いのですが、パウロに言わせればむしろ逆だというわけです。

 パウロは、まずアキラとプリスキラたちと共にコリントの教会の立ち上げを行い、当時、まだコリントの教会もその教会の人々も信仰的には「あかちゃん」だと表記しています。

 そして、パウロによって、あるいはアキラとプリスキラたちによって、信仰的な養育(指導)を受けるわけですが、そのようにしてキリストを信じる信仰者として「大人」になったかといえば、そうではなかったというわけです。


 ここにパウロのキリスト教信仰、あるいは教会についての理解が読み取ることができます。

 それはどういうことかと言えば、キリスト教信仰とはその信仰の始まりから、「信仰生活を通じて、信仰的成長、言い換えるなら信仰者として成熟することが求められている」ということです。

 しかも、それはいわゆる「キリスト教の知識が増し加わる」ということではなく、パウロはそうした信仰に基づく、キリスト者としての信仰生活、教会生活という非常に具体的な、実際的な出来事において、キリスト教信仰が身を結んでいなければならないとみているのです。

 それはコリント教会においては具体的に、「教会の中でねたみや争いが絶えない」という現実的な出来事において、信仰的な成長、あるいは「教会であるこ」との実践が全くできていなかったことを意味しています。

 すなわちわたしたちはキリストの救いに接し、キリスト教徒になるわけですが、問題は、むしろその後の「キリスト者としての生き方」と、そうしたキリスト者の共同体である「キリスト教会」にあるのです。


 しかし、そうしたパウロが指摘する問題とは、決して、個々のキリスト者が「明確に神に逆らおう」として発生した出来事ではなく、むしろ「キリスト者が人間的に神に近づこうとした」結果として、結んだ人間の罪の実、すなわち偽善が引き起こした教会の不和であるということにあるのです。

 多くの場合がそうだと思いますが、キリスト教信仰に触れ、キリストの救いにあずかった人物が、意図的に「悪を犯そう」とは考えません。むしろ「キリストに倣って善を行おう」と考えるのです。

 ところが、問題はそのようにしてキリスト者が求める「善」が、実は「偽善」であったということにあるのです。

 使徒言行録に記されていますがアポロは雄弁家であり、パウロに比べれば、そのカリスマ的な存在感はパウロをはるかに凌ぐものであったことが考えられます。

 そうした、アポロのカリスマ的な牽引力に、コリントの教会の人々は大いに啓発され、そこで大きな働きをなしたのです。

 「それから、アポロがアカイア州に渡ることを望んでいたので、兄弟たち(アキラとプリスキラたち)はアポロを励まし、かの地の弟子たちに彼を歓迎してくれるようにと手紙を書いた。アポロはそこへ着く(アキラとプリスキラたちが建てたコリントの教会)と、既に恵みによって信じていた人々を大いに助けた。彼が聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せたからである。」(使徒言行録18章27~28節)

 ところが、一見「大成功」に見えたアポロのアカイア州の(コリントの)教会での成功は、パウロにしてみれば「大失敗」であったわけです。

 パウロはこのコリントの信徒への手紙において、コリント教会の人々が、キリスト教信仰の基本から離れてしまって、むしろ、アポロのカリスマ的で力強い宣教に大いに心を惹かれたわけです。

 キリスト教の信仰の基本が、「イエス・キリストの御前において自分自身の罪を告白し、罪を悔い改める」というものである限りにおいて、キリスト教の信仰で「人間のカリスマ性」というような、人間の性質(賜物)は問題ではありません。

 ところが、そうした「激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せた」ような、アポロの「雄弁」というカリスマ性、アポロの人間としての能力、あるいは賜物について、それがコリント教会において一部の人たちから大いに評価されたのです。

 当然、パウロやアキラ、プリスキラたちによって指導を受けた他の信仰者たちは、アポロのような人間的カリスマ性を否定し、よりパウロの教えに忠実であろうとしたわけです。

 しかし、パウロはここで、アポロ派になった人たちが信仰的に問題であるということを主張するのではなく、むしろパウロ派についた人たちも同様に、互いにひとつの教会の教会員として全員が神の御前において、自分たちの罪を悔い改める必要性を説いたわけです。

 パウロは、そういう意味で、自分自身について、あるいはアポロについて、すなわち今日的に表現すれば牧師という存在について、それは教会において尊重されるべき存在であるけれども、しかし、だからと言って、「どの牧師が正しい」という見方を退けるのです。

 わたしたちが仕えるべきはあくまでも教会の頭であるイエス・キリストであり、イエス・キリストの言葉に聞き従う者であることが、キリスト者にとって最も大切なことなのです。

 そして、そうしたイエス・キリストの言葉に聞き従う者は、当然、普段の生活においても、そうした信仰的に基づいた生活を行わなければなりません。イエス・キリストは「互いに愛し合いなさい。」と言ったのであって、「互いに争いなさい。」とは言いませんでした。

 そして、本当の意味において、「イエス・キリストの言葉に聞き従っている」ということがキリスト者にとって大切であり、またそうした一人一人のキリスト者によって、頭なるイエス・キリストにおいて、イエス・キリストの体である教会を形作ることができるのです。

 その意味で、たとえば「隣人愛の実践」は、キリスト教会においてはまさに必須の事柄であって、教会は、あるいは牧師や信徒は、そうした隣人愛の実践が求められているのです。


 当然、それはキリスト教の信仰の基本である「罪の告白と罪の悔い改め」によるものであって、「人間的努力の結果」として実現されるものではないのです。

 具体的に礼拝式の中でハグをしたりというような人間的親密さではなく、あくまでも一人一人が神の御前においてキリストの言葉に従い、真実を持って生きる、そうした罪の告白である証と祈りによって、むしろ、自分がいかに弱い存在であり、神の助けによって生かされているのだという、信仰によって生きる一人一人の神の御前における感謝の姿によって教会は教会として正しく信仰的に成熟することができるのです。


 パウロは、そうした教会が教会として成長することにおいて、「指導者の自覚が大事だ」というだけではなく、もちろんそれも大切ですが、「教会員の一人一人の心がけ、信仰生活も大事だ」ということを言おうとしているのです。

 問題のある教会において、「牧師に問題がある」というケースは良く指摘されますが、パウロに言わせれば、「それを黙認している信徒にも同様に重大な問題がある」という事なのです。

 その意味で、牧師が常に信徒と対等にものを言えるようにできているか。すなわちプロテスタント教会でいえば「万人祭司」の信仰に立つ教会は、そうした点がきちんとわきまえられていることが大事であるのです。

 そして、そうした誰もが等しく、イエス・キリストをこそ主とし、イエス・キリストの言葉に聞き従う時に、教会はまさに神によって正しく成長するのです。



1)こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。
2)この場合、管理者に要求されるのは忠実であることです。

4)自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。


 パウロは、このところでキリスト者として大切な事が何であるか、あるいは牧師の資質として求められるものは何かを明らかにしています。

 それは何かと言えば、「イエス・キリストに忠実であること」です。


 「イエス・キリストに忠実であること」とは、牧師にとって、キリスト者にとって至極当然のことでありますが、実は、この「忠実である」ということが実は難しいのです。

 パウロは、キリスト者として、教会を指導する者として、今日的に言えば牧師、あるいは教会指導者として、自分自身が神の御前において「義とされているわけではない」と告白しています。

 それは、言い方を変えれば、パウロ自身も、自分が考え判断し行動しているその事が「神の前に正しい」とは考えていないということなのです。

 すなわち、「牧師が間違うはずがない」とは有り得ない事柄なのです。

 むしろ、「牧師も間違うし、信徒も間違う」のです。


 その意味で、パウロがここで指摘するのは、「キリスト者の正しさ」「牧師の正しさ」「教会の正しさ」とは、いったい何によって実現できるかと言えば、それは当然、「キリスト者の罪の告白」「牧師の罪の告白」「教会の罪の告白」によって、はじめて実現されるのです。

 キリスト教信仰において、キリストの救いが「罪の赦し」である限り、「信仰者の正しさ」とは「罪の告白によって明らかにされる」のです。

 これは実に基本的であり、キリスト教信仰の初歩の初歩ですが、案外にもわたしたち信仰者が忘れやすいものであり、牧師や教会が失いやすいものでもあるのです。


 わたしたちとイエスさまとの関係は、まさにヨハネによる福音書13章に示されているとおり、

 ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。(ヨハネによる福音書13章8節

 すなわち、「自分の罪の告白を通じてのみ、わたしはイエスさまと関係がある」と言えるのです。

 当然、十字架のペンダントを肌身離さず身に着けていたとしても、毎週礼拝を守っていたとしても、あるいは毎週、礼拝において奉仕をしていたとしても、「自分の罪の告白をしない」のであれば、それは「キリスト者ではない」ということなのです。

 「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」(ルカによる福音書14章27節)


 「自分の十字架を負う」とは、「自分の罪を告白する」ということです。

 しかも、それは洗礼を受ける時に、人生において一回だけ行えば良いということではありません。

 日々イエス・キリストの後に、すなわち日々聖書の御言葉を通じて、聖霊の助けによって示される自分の罪を告白し、罪の悔い改めの日々を送る者が、まさにわたしたちの罪を赦してくださるイエス・キリストとの関わりにおいて、わたしたちを「キリスト者」としてくれるのです。

 当然、一回一回の礼拝も、わたしたちの罪の告白と悔い改めの場であるということです。

 プロテスタント教会では聖餐式の時に「おのおの自分の罪を深く悔い改めなければなりません。」(日本基督教団・口語訳・式文による)と言いますので、その時に、わたしたちは罪の悔い改めが必要だということを耳にします。

 すなわち、そうした「罪の告白を免除されたキリスト者」というのはいないわけです。



 礼拝は、決して、面白くも楽しいものでもありません。それはパウロの時代もそうでした。

 コリントの教会に雄弁家アポロがやってきて、その礼拝はまさにそうしたキリスト教の信仰に基本的なものであるところから、大きく、人間的な喜びや人間の素晴らしさのような、一種、人間主義的なものへと変質化したのです。

 しかし、そうではなく、パウロはあくまでも教会はキリストの言葉に忠実であることを第一としたのです。

 当然、そうした礼拝は面白くも楽しいものでもありません。

 なぜなら、礼拝における「喜び」とは、罪人の罪が赦されたことによる喜びであるからです。

 その真の「喜び」を喜ぶことのできる教会でありたいと願います。 


 コリントの信徒への手紙1は全体が長いのでまず、今回は1~2章について話を進めたいと思います。

 まず、コリントの信徒への手紙1 章11節に「わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。」(1コリント1:11)とあるように、事の発端は、コリント教会の教会員であるクロエの家のある人物からパウロに対して、コリント教会に発生したある問題についての相談がの連絡があったことにはじまります。


 あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。(1コリント1:12~13)

 そのクロエの家のある人物からの知らせが記す当時のコリント教会の問題は、いわば「内部分裂」であって、コリントの教会の中に、例えるならパウロ派、アポロ派、ケファ派(ペトロ派、ユダヤ主義キリスト教)、キリスト派(パウロやアポロ、ケファといった人間ではなく、キリストを主とする派)という具合に、キリストの体である教会がいくつにも分けられてしまったような状況であることをパウロに伝えたのです。


 さて、なにやら話が複雑な様相なので、少し、使徒言行録などの記述にみるコリントの教会の成立について簡単に説明します。

コリントの信徒への手紙1に見る教会


 まず、コリントの信徒への手紙1の成立について、なぜ、このような手紙をパウロが記したのかを図にしたのが上のものです。①~⑦というのは出来事の順番を指しています。

 この説明をしますと、まず、そもそもコリントの教会のはじまりは、もともとローマのユダヤ人会堂においてメシア=イエス運動をおこなった首謀者に対して、当時の皇帝クラウディウスがローマ市からユダヤ人を追放するという出来事が起こります。

 その時、メシア=イエス運動の首謀者にアキラとプリスキラという夫婦がいたのです。二人はローマから追放され、活動の場を求めてイタリア州からアカイア州コリントの町へやってきたのでした。

 その時、パウロはマケドニア州のテサロニケから始まって宣教旅行を行っておりましたが、ユダヤ人の反感を買い、追われるようにしてアテネ、コリントと移ってきたのでした。

 そして、まさにこのコリントの町においてアキラとプリスキラ、そしてパウロが信仰を同じにする者同士(つまり、アキラとプリスキラはパウロの協力者であって弟子ではない)としてコリントの教会を興すのです。それが①の出来事です。

 その後、パウロとアキラとプリスキラは海をわたり、アジア州エフェソに赴きそこでエフェソ教会を指導するようになるのです。


 パウロはその後、エフェソから別の場所へと宣教旅行で移っていきます。それが③です。

 しかし、アキラとプリスキラはエフェソの教会に留まり教会を指導するのです。ところが、そうしている内に、エジプトのアレキサンドリアから聖書に詳しいユダヤ人雄弁家のアポロという人物がエフェソへとやってきます。そして、アポロがメシア=イエス運動を行っているという噂を聞きつけ、アキラとプリスキラはアポロを招いて、「聖霊による洗礼」を教えるのです。それが④です。


 さて、その後、アポロはもともと「アカイア州に行きたい」という願いを持っていたことから、アキラとプリスキラは、アカイア州にある教会であるコリントの教会に手紙を書き、アポロに手紙を持たせて送り出したのです。

 ところが、コリントの教会におけるアポロの活躍は、決して、良い結果だけをもたらしたわけではなかったのです。それが⑤です。

 コリントの教会の中に分裂の危機が訪れ、それに心を痛めたクロエの家のある人物が、そうした状況をパウロに知らせた。それが⑥です。

 そして、パウロはそうしたコリントの教会の状況を何とか信仰的に解決しようと、コリントの信徒への手紙1を記したのです。それが⑦です。


 さて、パウロによるコリントの信徒への手紙が書かれたいきさつはおよそ上記の通りとなります。

 なお、パウロがこの手紙を書くきっかけとなった「雄弁家アポロ」については、以下のところにまとめてありますので、そちらをご覧ください。-> 「問題宣教者アポロ」



 まず、上記の話の整理をします。

 パウロのコリントの信徒への手紙に直接個人名として登場する「アポロ」という人物についてですが、彼はエジプト・アレキサンドリア出身のユダヤ人で、聖書(旧約聖書)に詳しい雄弁家であり、アレキサンドリアでユダヤ教の中でも、特に、イエスをメシアとして信じる信仰を受け入れ、その信仰を持ったのです。そして、彼には、イエスをメシアだと信じる信仰の宣教者として大都市での宣教を志していたのです。

 その後、アポロはアレキサンドリアからアジア州・エフェソにやって来て、そこでユダヤ教の会堂に行き、イエスこそがメシアであることをかなり強烈に人々に教えたのです。そういう意味では、アポロは非常にカリスマ的な要素を持った人物であることがわかるのです。


 当時、パウロが直接、アポロと接触があったのかはわかりませんが、パウロと一緒にコリントの教会からエフェソの教会へと移ってきたアキラとプリスキラ夫妻は、このアポロの才能に目を留め、アポロに対して信仰的な指導を行い(アポロ自身は洗礼者ヨハネの洗礼しか知らなかった)、その後、アポロの要望を受けて、アカイア州のコリントの教会に手紙を書き、その手紙を持たせてアポロをコリントの教会へと派遣したのでした(パウロはおそらくはこの事を知らないか、直接は関わっていないのでしょう)。

 なぜ、パウロとアポロの接触がないのかと言えば、パウロがアポロと接触していたのであれば、おそらく、コリントの教会へアポロを派遣する以前において、その問題点を指摘できていたものと判断されるからです。


 かくして、アポロはコリント教会に行き、必ずしもアポロに起因するものが全てではないですが、そこで教会の中のいろいろな信仰の問題が起こり、パウロはそうした当時のコリント教会の人々が直面した信仰的な問題に対して、パウロは手紙を記して、ひとつひとつの問題に対して信仰的指導を行ったというわけなのです。



 

 さて、ここまで来てコリントの信徒への手紙の背景について、ご理解いただけたのではないかと思うのですが、パウロ個人としては、つまりはそうした理由によってこの手紙を記したのです。

 しかし、最終的に、キリスト教の歴史において、「キリスト教の聖典」という枠組みの中にこの文書が採用されたのはなぜかということを考えるのであれば、すなわち、こうしたコリント教会における一種の不祥事のような事柄が、以後のキリスト教会においては当然反省されていてしかるべき、という教訓としての意味があるということなのです。

 そうした「歴史的な教訓に学ぶ」「先人の犯した罪とその反省に学ぶ」ということが、すなわちキリスト教の信仰において大切なものであり、「罪の悔い改め」とは、まさにそうした「同じ失敗を繰り返さない」ということなのです。

 聖書はそういう意味では全体として、「人間の失敗(人間の罪)」ということを反省し、そうした「過ちを二度と犯すことのないように」という、信仰の先達たちの慈愛に基づいているわけです。


 つまり、「悔い改め」だとか、「聖霊の導き/満たし」「きよめ/きよめの生涯」「キリストの内住」「聖化」とか、こうしたいろいろな表現はありますが、そうしたものが具体的には何を言っているのかという、具体的には「神の言葉に耳を傾け、日々自分の生き方を(イエス・キリストの御名によって告白し)反省する」ということであるわけです。そういう意味では「反省しないキリスト者」というのは当然有り得ないのです。

 牧師は信徒に先だって自分自身がまず神の御前に反省する者であり、そうした牧師の姿勢に信徒がならい、そのようにしてキリストの教会は形成されるのです。



 では、以下に御言葉を引用します。

「こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。」(1コリント1:6~7)

 この言葉は、パウロが「挨拶の言葉」として記したものです。

 パウロは1コリント12章12節以下において、キリストの教会を「体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。」(1コリント12:12)と言っているように、教会は全体としては、地上においてイエス・キリストを証するひとつの体であり、しかし、それは一つの体であるけれども、そこには「多くの部分から成り」、すなわち色々な賜物を持ったイエス・キリストを証しする教会員ひとりひとりによって構成されることを説明しています。

 つまり、そこには様々な賜物を持ったキリスト者がいるわけですが、問題は、教会はそうした賜物を持ったキリスト者が、全体として協調し、秩序を保ち、具体的には地上において、例えば、「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネによる福音書13章34~35節)にあるような「これこそがキリスト教会」としての証をすることにあるのです。

 当然、教会には子どももいれば青年もおり、壮年、高齢者、男性、女性、健常者に闘病者、外国人・・・と、すなわち地上における教会とは、こうした現実の社会の縮図のような、まさに教会の中にイエス・キリストがご隣在くださり、今もなお、そうした人たちに対して、その重荷・苦しみ・悲しみを知ってくださり、そうした兄弟姉妹に対して、祝福と祈りをもって応えてくださるものであるのです。

 そういう意味では、教会は、ペトロが神殿の門において足の不自由な人に対して語ったように、「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。」(使徒言行録3章6節)と、「教会が貧しい」ということは本質的な問題ではないのです。

 教会が持っているもの、すなわち教会がイエスさまからいただいたものは現金ではありません。教会がイエスさまから頂いたのは祝福の言葉と祈りであって、まさに「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」(マタイによる福音書10章8節)とイエスさまが言われたように、教会がその宣教の核心において代価を求めるということは、絶対的にあってはならないのです。あくまでも、そうした祝福を受けた方が感謝の気持ちとして教会に捧げてくださるものがあれば、教会はそれを感謝して受け取ればよいのです。それは必ずしも現金ではなく、当然、別の形のものである場合もあるわけです。ある人はそれを自分が育てた野菜で返してくださる場合もあるでしょうし、何もないので感謝の祈りで返してくださることもあるでしょうし、それはその人の感謝の気持ちがあればイエスさまは十分であると言ってくださるでしょう。

 「その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。」(ルカによる福音書17章15~16節)

 当然、イエスさまはこの人物に対して「感謝」以上のものを求めてはいないでしょう。



 「さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。」(1コリント1:10)

 次に、1章10節以下のところでパウロが示すキリスト教会のあり方というのは、すなわち「心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。」という事に集約されます。

 イエス・キリストを信じる者は当然、イエス・キリストの約束した霊、すなわち聖霊を受けている者であり、そうした人物は当然の事として、イエスの語られた掟である「あなたの隣人を愛しなさい。」という隣人愛の実践こそが、その基本であるわけです。

 それはもちろん、人間的努力によって実現するものではありませんが、しかし、各人は、聖霊の助けによって隣人愛を実践する者として変えられていくことを願い求めることが要求されているのです。なぜなら、イエス・キリストが十字架上でその命を落とされた、その出来事が、まさにキリスト者に対してそのことを御心の内に命じているからです。

 そして、そうしたイエス・キリストにつながる一人一人がまさに、「心を一つにし思いを一つにして、固く結び合」うのがパウロの願い求めるキリスト教会の姿であるのです。

 しかし、それは決して、牧師を司令官として、その下に各種リーダーがいて、その下に平信徒がいるというような権威主義的なピラミッド型の教会ではありません。

 パウロはあえて教会の仕組みを、「キリストの体」というふうに表現しています。当然、それは当時知られているローマ軍のような軍隊構造ではなく、「キリストの体だ!」ということであるのです。教会はひとりひとりがみんな異なり、しかし、みんなが異なるにもかかわらず、それはイエス・キリストの愛によって、固く結び合っているのです。当然、それは「できる人だけの教会」ではないわけです。




「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(1コリント1:18)

「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」(1コリント1:21)

「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」(1コリント1:26~29)

 パウロにとって「宣教」とは何であるか? それを端的に示しているのがこの御言葉です。

 パウロの「宣教」とは、①「十字架の言葉による」ものであり、②「愚かな手段」であり、③「(神の)召し」によるものであり、④「だれ一人、神の前で誇ることがないようにするため」のものであるということなのです。

 これはどういうことかと言えば、まず①について「十字架の言葉による」とは、例えば、以下のイエスさまの言葉に見ることができます。
 
 『それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。』(ルカによる福音書9章23節)

 キリスト者としての信仰生活は、すなわち「日々、自分の十字架を背負う」事としてイエスさまは言っています。

 それは具体的には、「毎日、聖書を読み、そこで示される自分の罪を認識し、イエス・キリストの御名によって罪の赦しを祈り(無力なわたしを助けてくださいという祈り)、そうした罪の悔い改めを毎日行うこと」であるのです。

 つまり、パウロの言う「宣教」とは「信仰の勧誘」ではないのです。

 ②の「宣教」が「愚かな手段」だとは、まさに「キリスト教の宣教とは、自分が罪人であることを神と人との前において証しすること」だからです。そこには「賜物」などというものは一切関係がないのです。


 そして、「宣教」は③神の召しによるものである、というわけです。

 わたしたちもそうですが、わたしたちがキリスト者になったのは「勧誘されたからか?」というとそうではありません。

 確かに目に見えるところにおいて、そうしたきっかけとして教会で行われる音楽会や伝道集会などの様々なものは一定の効果はあるかもしれません。しかし、パウロはそうした「人間的勧誘行為」は全く問題にしていません。

 あくまでも、その人がキリスト者になるのは神の召しによるものであって、教会がそうした人たちのために行うべき行為は、当然、「勧誘」ではなく、「(とりなしの)祈り」によるものであることが読み取れるのです。

 そして、そうした「宣教」が「神の召し」によるものであることの重要性が、結論的に語られている「それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」(1コリント1:29)という言葉にあるとおりなのです。

 教会がキリストの体であるとは、パウロが12章で語っているように、体の部分に過ぎない目や手が、誰よりも目立つ・尊重されるというような事があってはいけないことを言っているのです。当然、牧師と言えども、それはキリストの体の一部であって、決してキリストの頭などではなくむしろ体のなかで一番汚れ役である「足の裏」であることが求められるのです。

 「イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」(マルコによる福音書9章35節)

 それが、キリスト教会の価値観であり、イエス・キリストが弟子たちに示された「一番」なのです。



『神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。』(1コリント1:30~31)

 そして、そうした教会が誇るべきはイエス・キリストであり、教会の中でイエス・キリスト以外が誇られることがあってはならないのです。

 

「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。」(1コリント2:4~5)

 パウロはコリント教会の人々に自分自身の経験として、まずコリントに訪れた時のことを証します。

 パウロはそれを「“霊”と力の証明によるもの」と言っていますが、それは当然、パウロ自身の持つ人間的な魅力、たとえばカリスマ的なもの、あるいは人徳のようなものではなく、あくまでも聖書の御言葉に基づく、パウロ自身の罪の悔い改めというキリストを証する者としての生き方によるものであることを言うのです。

 実際、パウロに対して当時の教会の人々が思ったのは「手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」(2コリント10:10)と言う者たちがいるほどです。

 その意味で、パウロの人間的な外見は、決してカリスマ的な特徴があるわけでもなく、むしろ、弱々しい感じで、しかもその話も、他人を惹きつけるような魅力あふれるものではなかったのです。

 こうしてみると、「パウロの宣教」とは、まさにパウロ自身が自分の罪に対する弱さを皆の前で告白し、まさにそうしたこの世において弱く、傷ついた者たちが、まさにイエス・キリストの罪の赦しの経験を通じて、まさにパウロをはじめとしたコリント教会の人々が「自分の十字架」を担いつつ、日々、イエス・キリストの言葉に聞き従うという信仰者としての日常生活を通じて、隣人を(神が)感化させてくれるというものであったということなのです。


 ところが、今日のキリスト教界においては数量的な増加、教会(あるいは宣教)の拡大ということが、まさに「神の御心である」として、多くの人がその事について疑いを持つこともなく、まさにサタンの誘惑に対して盲目的に追従してしまっている現状があるわけです。

 特に、パウロのそうした「宣教」ということを考慮すれば、当然、「信仰継承」とは、つまりは「使徒継承」であって、それは「親から子」という人間の血肉による信仰の継承はありえないのです。

 確かに、父親が牧師、あるいはクリスチャンであり、その息子が牧師、あるいはクリスチャンになるケースもありますが、それは基本的には、ひとりひとりがイエス・キリストの御前において自分の十字架を担うという信仰告白を通じてはじめて可能であり、むしろ、そうした血肉に拠らないからこそ、教会は、いつの時代においても、また全く教会が無い場所であっても、神の御心であれば、無の状態から教会は興されるのです。そして、それを興すのは神であるのです。

 確かに、教会を実際に興すのは、牧師であり、また牧師と志を同じにする信徒の集まりであるわけですけれども、しかし、それは信仰的には、人間の努力として興すのではなく、「神の御心において興される」ものであるのです。その部分を、わたしたちは間違えてはなりません。

 わたしたちが地上においてキリスト者として求められているのは「神を礼拝すること」であって、わたしたちの日常の信仰生活は、「日々、自分の十字架を背負うこと」であるのです。

 そして、その教会が無くなるのも、また興されるのも、すべては「神の御心」であり、それは「人間(牧師)の願い(考え)」ではないのです。 



『わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。そして、わたしたちがこれについて語るのも、人の知恵に教えられた言葉によるのではなく、“霊”に教えられた言葉によっています。つまり、霊的なものによって霊的なことを説明するのです。自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊によって初めて判断できるからです。霊の人は一切を判断しますが、その人自身はだれからも判断されたりしません。「だれが主の思いを知り、/主を教えるというのか。」しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。』(1コリント2:12~16)

 神から与えられる聖霊は、いわゆるこの世的な「霊(感)」「スピリチュアル」というようなものとは決定的に異なっています。

 「聖霊の満たし」「キリストの内住」など、多くの人がそれを聞けば、なにやらシャーマニズム的な要素がキリスト教信仰にもあるものと思われるかもしれませんが、そうではありません。

 パウロが「宣教を愚かな手段」と呼んだように、キリスト者が聖霊の働きとして聖書の御言葉を通じて知ることのできるものは、決して、「精神的な昂揚感」のようなものではなく、むしろ、「人間の罪を明らかにするもの」であるのです。

 「自然の人は神の霊に属する事柄を受け入れません。」とは、まさにそうした聖霊の助けにより、聖霊の働きによって、わたしたちが聖書の御言葉から自分の罪を指し示すその事柄は、当然、「自分の汚点」でもあるので、普通の人はそれを受け入れることはできないのです。むしろ、わたしたちは幼い頃から「強くなること」に憧れ、人間的に「強くなること」を教えられて成長するのですから、そうした「自分の欠点(自力では克服が難しいので)」などは、むしろ「見ないようにする」ということが当たり前なのです。

 当然、「欠点は見ずに、長所を伸ばす」ということが人間が人間として成長する時に大切だと言われるのです。

 ところが、キリスト教の信仰は、むしろ、「人間の長所は見ずに、欠点(自分の罪)を認めて、神の助けを求める」ということですので、明らかに「常識からすれば非常識だ」ということになるわけです。

 では、パウロはそうした「キリスト教の常識」は「霊によって初めて判断できるからです。」と言っていますがそれはどういうことでしょうか?

 わたしたちが(聖)霊によって何を判断できるのかといえば、それは当然、「自分の罪(弱さ/神の助けが必要な部分)は何であるか?」ということです。

  すると、わたしたちのイエス・キリストの名による罪の告白は、当然、わたしたちが神の御前において、イエス・キリストの御前において、自分の罪を、一種の公開裁判を受けているのと同じですから、当然、その人に対して聖霊の働きを通じて語られている「罪」とは、まさにそれは「神の言葉」であり、「神さまがその人に対して直々に語られた判決」であり、当然、『その人自身はだれからも判断されたりしません。「だれが主の思いを知り、/主を教えるというのか。」』とパウロが言っているように、自分の罪を告白し、罪を悔い改める人物を、「人間が裁く」ことはできないのです。

 この「罪の告白」と「悔い改め」こそが、キリスト者の命であり、信仰生活であり、そして、教会が教会であること、牧師をまさに牧師たらしめるものであって、パウロがコリント教会の人たちに対して信仰的に大切なこととして教え伝え、そして、今日のキリスト教会は、まさにそうした聖霊による価値基準・判断基準によって、この世においてイエス・キリストの救いによって教会であり続けることができるのです。


 

 フィレモンへの手紙は、本文中の「福音のゆえに監禁されている間」(13節)とあるように、パウロがその伝道旅行の途中において、監禁(軟禁)されている間に、フィレモンという、家の教会を主催するパウロの弟子に対して送った手紙として知られています。

 さて、このフィレモンの手紙の話の流れを整理すると以下のとおりです。


・パウロの弟子でキリスト者であり、また家の教会を主催するフィレモンのところに、奴隷の身分であるオネシモという人物がいた。

・ある日、奴隷のオネシモは主人であるフィレモンに対して、具体的なことはわからないが、何かしらの損害を与え、オネシモは軟禁状態であったパウロのところに逃亡(当時としては逃亡奴隷は死刑になってもおかしくない)してきた(オネシモは主人フィレモンがパウロの信仰の弟子であることを知っていた)。

・パウロはそうしたことがあることを知らずに、パウロはオネシモを自分の弟子として迎え入れる。

・その後、パウロはオネシモがフィレモンのもとから逃亡した奴隷(オネシモの所有権はフィレモンにある)であることを知る。

・もし、パウロがオネシモをフィレモンにもどせば、オネシモが引き起こした損害と逃亡罪で殺されるかもしれない。

・パウロは一計を案じて、フィレモンもオネシモも、この世的には主人と奴隷という関係であるが、共に等しくパウロの弟子であることから、フィレモンはオネシモの犯した罪をゆるすと同時に、またオネシモも自分が犯した罪を悔い改め、同じ信仰をもって愛する兄弟として和解し、この世におけるキリストの愛に基づく隣人愛の実践として、家の教会を主催するフィレモンに対するひとつの信仰的な挑戦として、このことを提示する。

 と、だいたい文字で説明すると上記のような内容になります。


 補足説明のために上記のことの概略を以下の図に示します。


フィレモンへの手紙・図解



  さて、パウロがフィレモンに対してこの手紙を通じて伝えようとしたことは、当時のローマ社会における「奴隷制度」というものに対して、オネシモというひとりの逃亡奴隷の救いを通じて、フィレモンが主催する家の教会が信仰的挑戦をパウロから受けるというそうした内容になっています。

 当然、この「信仰的挑戦」に対して、フィレモンは①パウロの言うとおりにオネシモを奴隷から解放し、信仰を同じにする兄弟として、家の教会に迎え入れるという選択肢と、まさに、②当時のローマ社会における奴隷法に基づき、オネシモを逃亡奴隷として処分するという選択肢を突きつけられるのです。

 しかし、パウロからこうした手紙を受け取って、フィレモンが②の選択肢を取るであろうということは想定されておらず、パウロは、フィレモンが当然キリスト者であり、家の教会を主催する者として、必ずや①の選択肢を選択することを見越して手紙を記しているのです。

 しかも、このフィレモンへの手紙は、いわゆる私信として、「フィレモン個人」に書かれた手紙ではなく、2節において「姉妹アフィア、わたしたちの戦友アルキポ、ならびにあなたの家にある教会へ」ということで、「公開書簡」として送られているわけです。

 つまり、パウロはこの手紙をオネシモに持たせ、オネシモがフィレモンの家の教会の人たちの前で、この手紙を朗読することが意図されています。

 仮に、この手紙がフィレモンへの私信として、他の誰もがこの内容を知らないというのであれば、この話はフィレモンの個人的なものとして握りつぶすことが可能ですが、パウロはそうした事にならないようにという、かなりフィレモンの出方を考えたものとなっているのです。



 さて、フィレモンへの手紙について、内容としては上記のとおりですが、では、それが今日のキリスト教会においてどのような意味を持つのでしょうか。


フィレモンへの手紙1章3節
「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。」


 意味としてみれば、単なる社交辞令のような言葉ですが、こうした紋切り型の言葉である点において、キリスト教会においてはこれは当然のことであり、基本中の基本であることがこの言葉からわかります。

 すなわち、キリスト教会とは、まさにイエス・キリストからの恵みと平和が、この世において実現している場所であるということであるのです。


 このことは非常に重要で、こうした基本的なところが見落とされ、むしろ、「牧師やあるいは奉仕者の暴走」によってキリスト教会が成り立っているというような場合もあるからです。

 キリスト教会において「宣教」は、キリスト教会がキリスト教会である「第一使命」として、どこの教会でも同じように大切なこととされています。それは、わたしたちが所属する日本ナザレン教団においても同じです。

 しかし、問題は、その「第一使命」実現のために、すなわち「宣教」を行うために、「祈り」が求められることもありますが、それ以上に「奉仕」が叫ばれることがあるのです。そして、教会によっては、そうした「奉仕」がむしろ主目的化されてしまい、「教会」と「奉仕」との関係が逆転するというような事が起こるのです。


 本来、「奉仕」とは「礼拝奉仕」という言葉にみるように、それはあくまでも主である「礼拝」を行うための、補助的なものが「奉仕」であり、「奉仕」とは神と人とに仕え、「礼拝」(あるいは教会)を円滑に運営するための縁の下の力持ちであるはずなのです。

 ところが、そうした「奉仕者」が、あたかも「教会員の模範的あり方である」とされて目的化し、「奉仕(者)」のために「教会」が存在するというような現象に至るのです。より、具体的に言えば、「奉仕者の活躍の舞台として礼拝や教会が存在している」というような状況です。

 教会において、奉仕は礼拝を守るための補助的なサポーターではなく、むしろ、例えば「賛美リーダー」という言葉に見ることができるように、それはまさに「奉仕者」ではなく「牽引者」なのです。



 わたしが神学生時代、実践神学の先生から「牧会には馬の牧会と牛の牧会とがある」と教わりました。

 「馬の牧会」とは、まさに牧師が馬の騎手として、馬に鞭を入れて、あたかも信徒を急かし立てるかのように牧会を行うあり方を言います。

 それに対して「牛の牧会」というのは、通常は牛の歩む歩みに任せ、しかし、肝心なところにおいては少しだけ進行方向を調整するというあり方を言います。

 どちらがどうというわけではありませんが、わたしは教会奉仕はまさに縁の下の力持ちであり、それは決して表に出ることはないけれども、しかし、教会の運営を円滑に行う上では大切な役割であると認識しています。


 わたし自身の牧会においては、「教会の運営は最も歩みの遅い人に合せる。」ということを基本としています。

 すなわち、教会は一種の「電車ごっこ」のようなもので、当然、教会の歩みはそこに加わる方々によって決まりますが、「教会のレベル向上」「より宣教的な教会を目指す」ということを教会の目標として掲げることを「電車ごっこ」になぞらえるのであれば、それは「教会の最低スピードを上げよう」というものであるのです。

 ところが、教会に集う人は高齢者もいれば小さい子もおり、また男性もいれば女性もおり、また健常者もいれば身体的・精神的にハンディキャップを持った人たちがいるのが教会であるわけです。

 当然、そうしたメンバーによる「電車ごっこ」で、みんなの走るスピードを上げれば、そうしたスピードについていけずに脱落する人が出て当然であるわけです。

 しかし、スピードを上げることによって、そこに新たにそうした「速く走ることのできる人」が加わってくることもまた真実ですので、結果、どうなるかと言えば、「電車ごっこ」のスピードは限界まで上がっていき、どんどん脱落者を出しながら、結局のところ最終的にはスピードも頭打ちということになるのです。

 たとえスピードを競うレーシングカーであっても、「減速の必要はないのでブレーキはいらない」ということにはなりません。

 安全装置のない自動車は凶器と一緒で、だれもブレーキの壊れた自動車に乗りたいという人はいません。

 ところが、こと教会のことになると、案外にもスピードを上げることには熱心だけれども、ブレーキのことにはまったく無関心ということが少なくないのです。

 「ブレーキがない自動車」と聞けば、誰もその自動車に乗ろうという人はいません。しかし、「ブレーキがない教会」と聞いても、それがどのように危険なのか、それが正しいのか間違っているのか、誰も判断すらしないわけです。

 逆に、かえって「この教会にブレーキは不要だ」と、そうしたブレーキ役の教会員を切り捨ててしまうような事まで起こります。そうなってしまっては、もうその教会は自分たちの意思で減速することも止まることもできません。結果、教会運営において出くわす様々な問題に対して教会ごと体当たりを繰り返し、結局、その度に牧師も教会員も傷つきながら、教会運営が減速するということになるわけです。

 そこにあって牧師は「神さまの与えられた信仰の試練だ」と言って、自分たちの犯した罪、過ちを認めることなく、そうしたことには目をつむっておいて、結局のところ自分たちの罪をひた隠しにするのが関の山なのです。



 教会員の中にいろいろな賜物を持つ人がいることは別に悪いことではありません。しかし、パウロが次の聖書箇所で語っているように、そうした教会がスピードを上げようとする行為に対して、それに対して冷静にそのことを見極め判断する、すなわちブレーキをかける役割を持つ貧しい人や病気の人も、本当の意味で安んずることのできる場であることの方が信仰的に極めて重要なのです。その意味では「弱さ」もまた神さまからの賜物なのです。

コリントの信徒への手紙1 12章21~22節
 「目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。」

 教会は、キリスト教宣教ということを他の教会、あるいは宗教団体と競うために活動しているのではありません。

 キリスト教会は、この世において、イエス・キリストの愛に基づく信仰共同体として、正しく神を礼拝するところとして、この世において宣教を行うのです。

 当然、そうしたキリスト教会は、常に「信仰的に正しくあること」が求められます。それは「キリスト教を信じているから正しい」のではなく、「イエス・キリストを主として、神の言葉に従うからこそ正しい」のです。

 キリスト教会が、神の言葉であるイエス・キリストに従うとは、もちろん、キリストの愛に基づく隣人愛の実践が行われていることが前提とされています。そのような教会には「要らない」人はひとりもなく、「強い人」はその強さをもって「弱い人」に寄り添うはずであるのです。当然、そうした教会の歩みは速いはずがありません。

 それはキリスト教会において大切でありながら、今日、案外にも忘れられているのではないかと思うのです。


フィレモンへの手紙1章6~7節
6)わたしたちの間でキリストのためになされているすべての善いことを、あなたが知り、あなたの信仰の交わりが活発になるようにと祈っています。
7)兄弟よ、わたしはあなたの愛から大きな喜びと慰めを得ました。聖なる者たちの心があなたのお陰で元気づけられたからです。

 フィレモンが主催する家の教会の働きは、ここに具体的な事柄としては紹介されていませんが、しかし、それは7節において「聖なる者たちの心があなた(フィレモン)のお陰で元気づけられた」とあるように、それはまず「信仰」に基づくものであり、「聖なる者たち」で言われている、すなわちフィレモンの家の教会につながる兄弟姉妹を大きく慰め、元気づけるものであったことがわかるのです。

 ここでフィレモンを、まさに教会の牧師として考えるのであれば、フィレモンが主催するこの家の教会は、まさにフィレモンの信仰、すなわち牧師が信徒ひとりひとりに対してまさに祈りをささげ、また信仰による交わりによって、互いに慰め励まし合う、非常に模範的な教会であることがうかがえます。

 もちろん、パウロにしてみれば、フィレモンに対して、かなり無理なお願い(逃亡奴隷であるオネシモを赦し、しかも奴隷の身分から解放してやり、信仰を同じにする兄弟として迎え入れなさいというもの)をする上で、こうした一種のお世辞とも取れることも確かです。

 しかし、それがたとえお世辞であったにせよ、パウロが言っていることは全く嘘ということではありません。

 キリスト教会がキリスト教会である為に、まさに牧師は「信徒からたてまつられる存在」ではなく、むしろ、信仰を同じにする兄弟として、当時の社会的身分を越えて誰とでも等しく、むしろ、愛する兄弟姉妹のために、「牧師はすべての教会員に仕える者」として、その働きに準じなければならないのです。

 教会においては牧師も奉仕者も、すべての教会員に仕えることが職務であり、牧師や奉仕者に教会員が仕えるのではないのです。そして、牧師や奉仕者の仕えに対して、教会員は感謝をもって、喜びながら神を礼拝することを行うのです。

 キリスト教会はこの関係を間違ってはなりません。


フィレモンへの手紙1章16~17節
16)その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。オネシモは特にわたしにとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。
17)だから、わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください。

 オネシモはフィレモンにとってみれば、自分に対して損害を与えたばかりか、自分の下から逃亡した憎むべき奴隷でありました。しかし、今や、その出来事は、オネシモの改心という出来事によって、新たな展開、すなわち信仰の挑戦となったのです。

 フィレモンの信仰的な正しさは、パウロによって、これでもかというほどに強調されていますが、しかし、それほどの信仰をもったフィレモンであっても、パウロがこのようにして重ねて表現しているように、その事は容易ではないのです。

 昔の時代劇で、「罪を憎んで、人を憎まず」というようなセリフを聞いたことがありますが、教会の中で大事なのは、そうしたことが本当に実践されているかという点が実に大切なのです。

 そして、そこにおいて大切な視点が、牧師も、奉仕者も、すべての人がそうした共通の理解に立って実践されているということです。



 時に、教会の中では「罪」ということばが、「未信者」や「他宗教の人」に対して結び付けられて理解されているような場合に、こうしたことが教会の信仰を捻じ曲げてしまいます。

 それはどういう事かと言えば、キリスト者は、すなわち牧師や信徒は「イエス・キリストを信じている」という事によって、「自分たちは既に罪人ではない」という理解になってしまっている場合に、結果的に「わたしたちは信仰者であるから正しい」といういような理解になる場合です。

 たとえば、「キリスト者が信仰によって罪から自由になっている」とは、決して、「キリスト者は罪を犯さない」ということではありません。

 これはキリスト教信仰において誤解を受けやすい点ですが、「罪から自由」というのは、「罪を犯さない」ということではなく、「キリスト者は罪を犯した場合にも、罪の誘惑に打ち勝って、自由に、イエス・キリストの前に罪を告白することが可能である」という意味なのです。

 その意味で、たとえ信仰告白をし、洗礼を受けてクリスチャンになったとしても、罪を犯す可能性を有する罪人であることに変わりはないのです。

 ただ、決定的に違うのは、キリスト者は、そうした罪を犯したとしても、イエス・キリストを信じる信仰において自身の罪を告白し、罪を悔い改め、神の御前に正しくあることができるというだけなのです。


 ところが、そうではなく、むしろ「教会の中」というのが、「神の御前に正しい者たちの集まり」という、一種の治外法権的な場と理解され、罪として理解されるはずの事柄が、「教会の中で起こるのは正しいこと」「世の中のことは間違っている」というような、教会の中において、神の正義が行われず、むしろ、「自分たちが正義」ということがまかり通りことが起こるのです。

 「神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。」(コリントの信徒への手紙1 14章33節)

 神の御前において教会が正しい教会、イエス・キリストの体なる教会であるなら、当然、それは教会の中において秩序が保たれているはずです。しかし、その「秩序」というのは、決して、牧師を頂点とする、あたかも軍隊のような秩序ではありません。

 教会の中の秩序が何によって保たれるのかといえば、上記の御言葉にあるように、「神の平和」であり、それは教会員一人一人がイエス・キリストの罪の赦しによって、互いの間に隣人愛が行われているというような秩序であり、そして、そうした信仰的な交わりを通して、互いに相手を尊重し合い、何が神の御前に正しく、何が神の御前に間違っているのか、そうした成熟した教会へと、神の祝福によって変えられていくことが大切であるのです。

 当然、それは、牧師のための教会でもなく、信徒リーダーのための教会でもありません。

 なぜ、教会の中で「リーダー(指導者)」という言葉が使われるようになったのか、わたしはその経緯を知りませんが、むしろ「賛美をリードする」というのは、「(みんなを)引っ張る」ではなく、「(みんなの声を)支える」ということだとわたしは理解しています。

 わたしが教会で奏楽をする時に注意しているのは、「演奏すること」よりもむしろ「みんながどのように歌っているか」を聞くことです。

 そして、奏楽者はみんなの歌うスピード、またみんなの歌う声の大きさに合わせて、音量を調節したり、曲のスピードを調節するのです。それは、自分が奏楽できる、上手に演奏できることを聞かせることに主眼があるのではなく、礼拝奏楽が奏楽であるためには、「みんなが歌いやすいように伴奏をする」ということが最も大切なポイントなのです。でも、奏楽者がみんなそうできるわけでもなく、またそうしなければならないということでもありません。

 牧師が声を大きく、みんなのペースで歌えば、その声を奏楽者が聞いて、そのリズムに合わせることも可能なので、指揮棒を振るわけではないですが、礼拝式の中では、歌うことによって奏楽者のリズムを調整するということもできるのです。

 だからこそ奏楽者は、別に、音楽家である必要もないし、指一本でもいいわけです。場合によっては、讃美歌の出だしの音を出すだけでも、それは伴奏になるわけです。賛美は、奏楽者だけが、賛美リーダーがするものではなく、会衆全員がひとつになっておこなう共同作業なのです。

 それは心をひとつにして神の尊さを褒め称える、感謝することが目的であって、上手に歌うことに主眼があるわけではないのです。

 
「ついでに、わたしのため宿泊の用意を頼みます。あなたがたの祈りによって、そちらに行かせていただけるように希望しているからです。」(フィレモンへの手紙1章22節)

 パウロはフィレモンに対して、自分がそちらに伺うことを約束します。

 「信仰」とは「信頼」であるといった神学者がいますが、まさに教会が教会であるために必要なのが、この互いに信頼するということであると思います。

 キリスト者は、まさに神を信じるものである信仰者である限りにおいて、まさに「相手を信頼する者」であり、また「相手の信頼に応える者」であることが求められるのです。なぜなら、それは神に対する信仰において、真実をもって、隣人愛の実践を行う者であるからです。

 ところが人間は救われてなおも罪人である限りにおいて、「信頼する」ということは、「わたしは絶対に間違いを犯さないから、わたしを信じなさい」ということではないのです。

 牧師が教会の中で間違ったことを行い、信徒に対して「わたしを信頼しなさい」と言っても何の説得力もありません。

 そうではなく、ここでいうところの「信頼する」とは、「その人の人間性」を「信頼する」のではなく、むしろ「その人が神の御前において罪を告白し、罪を悔い改める者である」ということを「信頼する」のです。

 当然、教会の中で牧師が間違ったことを行った場合には、そのことの告白と悔い改めがなされなければなりません。間違った時に直ぐに謝るということは、習慣づけていないとなかなか簡単ではありません。特に、牧師のように集団の代表というような状況に置かれればなおさらです。

 パウロはフィレモンが、オネシモの逃亡行為(損害を与えたことも含めて)に対して尋常ならざる怒りを心の内に秘めているかもしれないことを十分承知しています。 そして、だからこそ、パウロはそうしたフィレモンが、怒りによって自分を見失い、オネシモを処刑するかもしれないことを危惧しながら(当時の常識ではオネシモは殺されても普通であったから)も、しかしなら、同じイエス・キリストを信じる信仰者として、「信仰によってオネシモの罪を赦し、信仰によってオネシモを愛する兄弟として迎え入れてくれるであろう」ということに「信頼」しているのです。

 当然、フィレモンはこの手紙を受け取って、そうしたパウロの「信頼」に対して「信仰的決断と行動をもって応える」義務があるわけです。

 キリスト教会とは、まさにそうした相互の信頼と信頼に対する誠実な応答が求められているのです。

 そして、来るべき、パウロがフィレモンの家の教会に訪れた時に、フィレモンとオネシモと共に、同じ、主イエス・キリストによって救われた者同士が共に同じ食卓について、喜びを分かち合えるであろう、その時を願っているのです。
 


 フィレモンの手紙のこの後、実際にフィレモンがオネシモをどのように扱い、パウロがどうしたか、その後のことが書かれていません。

 みなさんは、この結末がどうなったか分かるでしょうか?


 
 この文章は手紙であるからこそ、結末が記されていないということは当然なのですが、そうした意味において、この手紙を、ひとつの物語としてとらえるときに、この手紙は、まさに今日の教会に対して語られている神の言葉なのです。

 パウロがわたしたちの教会を訪れた時に、パウロはわたしたちの教会のことを喜んでくれるだろうか?

 その視点は非常に重要です。

 聖書の言葉を理想論として、わたしたちの教会とは無関係だと結論することは非常に簡単です。

 しかし、キリストの教会は、聖書の言葉を通じて、今も、そのように信仰を問われ続けているのです。

 その意味で、教会の宣教が目指すものは、「キリスト教の拡大」ではなく、「信徒獲得」でも「献金倍増」でもなく、ただ、礼拝を通じて自分たちが神の御前において正しくあろうとすること、神の御前における人間としての成熟であって、それ以外ではないのです。

 そうした、わたしたちが人間としてまさに本当の意味において人間になろうとすることが、神の御心としてわたしが聖書から読み取っている神の言葉なのです。

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